
片づけものをしていたらこのような
新聞の切抜きと天竜寺のチラシが出てきました。
天龍寺の「刺繍八相大涅槃図」の写真で
右端にお坊さんが涅槃図を仰ぎ見ていらっしゃるのが見えます。
このときは、私は大変忙しかったのですが、
奈良から京都に向かい
最終日の17日に同寺を訪れて
「刺繍八相大涅槃図」を拝見させていただきました。
写真は新聞の切り抜きのものだけしかなく、
記念に「刺繍八相大涅槃図」の葉書でも買い求めようとしましたが、
記念葉書の一つも、置いてありませんでした。
受付の方にこの繍仏について詳しいお話を伺いたいと思ったのですが、
いままで、このような立派な繍仏が天竜寺にあったこと自体、
天竜寺の関係者も知らなかったということです。
限られた方だけがこの繍仏の存在を知っていらっしゃったようです。
天龍寺は何回も火災にあいながら、このような素晴らしい繍仏を残せたのも
代々、極秘にされ大切に保管されてきたためだとおもいます。
また今後、このような公開があるのでしょうかとお訊ねしたところ、
「公開はこれが最初で最後でしょう」とこたえていただきました。
私は、照明のない暗い法堂で脳裏に焼き付けるように見るしかありませんでした。
観光客は遠く群馬から来られたとか…聞かずして聞こえてきました。
また引越しで、この資料を失くすとも限らないので
このブログに書き写しておきたいと思います。
読売新聞2002年(平成14年)2月14日付けより
釈迦が入滅したとされる3月15日の「涅槃絵」に合わせ、
天龍寺(京都市右京区)は同2日から17日まで、
釈迦の生涯を8場面で現した
刺しゅうの「八相大涅槃図」=写真=を公開する。
江戸初期作とみられ、縦3.54メートル、横3.25メートルあって
刺しゅう涅槃図としては国内最大級。
入滅して横たわる釈迦を菩薩や動物などが取り囲み、
悲しむ様子が表現されている。
金糸を中心に20色以上の糸を使い、釈迦の頭には人の頭髪も使用。
同寺は「静かなこの時期に、じっくりとみては」と、
観光客が減るオフシーズン対策もアピール
天龍寺のチラシより
天龍寺所蔵「刺繍八層大涅槃図」の解説
制作地は日本、制作年代は江戸時代、17世紀後半頃と推測される。
本紙は、絹地掛幅装で縦3m54cm×横3m25cm
(全体は、たれ4m35cm×横3m37cm)で、
上部の賛部分は裂幅を横使いで一幅、涅槃図部分は縦使いで八幅半ある。
八幅半というのは、八幅と半分をそれぞれ別々に制作し、
それを最後に縫い合わせた形である。
上部中心に『佛垂般涅槃略説教誡経』の文章を額におさめて置き、
左右にそう奏楽飛天と花を捧げる飛天を二体ずつ計四体を配置している。
また、涅槃の情景の周囲の両脇に釈迦の伝記を配する八相図が描かれた
「八相涅槃図」となっている。
向かって右上から下へ〈下天託胎〉 → 〈占夢〉 → 〈不明〉 → 〈出胎〉 →
〈獅子吼〉 → 〈四門出遊・競試武芸〉 → 〈出家喩城〉 → 〈山中苦行〉と続き、
左下へ移って〈降魔〉 → 〈成道〉 → 〈初転法輪〉 → 〈荼毘〉 と展開している。
中央の寝台に右脇を下にして横たわった釈迦如来と、
涅槃に入った釈迦如来を取り囲み嘆く衆生を、
釈迦如来の頭の方向から俯瞰した構図でとらえた涅槃図である。
上部には跋提河、寝台の四隅には八本の沙羅双樹が描かれている。
右上から阿那律に先導されて、
天上からかけつけた麻耶夫人の一行が描かれている。
周囲には、菩薩、天部、比丘、在家の信者が取り囲み、
それぞれの想いで釈迦如来の臨終をみつめている。
下部には、釈迦の入滅を嘆き悲しむ各種の動物が配置されている。
動物の種類はきわめて多い。
本来、涅槃図には「猫」が描かれていないものであるが、
この涅槃図にはまぎれもなく「猫」が描かれている。
生地は1cm角に経糸約50本、緯糸約50本の密度の絹糸で、
刺繍糸は、ほとんど撚りがかかっていない
上質の絹糸である。
黒および茶系統が5色、青系統が4色、緑系統が3色、黄・橙系統が2色、
紅系統が2色、肌色系統が2色、
白色、金糸と、合計22色の刺繍糸が用いられている。
刺繍の技法の中心は、裏が透けて見える箇所で
刺繍糸が裏にまわっていないことから渡し繍技法と考えられる。
渡し繍によって大きな色面を埋め、輪郭をとり、
その上から各種の止め繍を加えている。
また、八相図中の釈迦如来の羅髪には相良繍、
金糸の部分には駒繍が用いられている。
中央の釈迦如来の羅髪には、髪の毛が用いられており、
古くから繍仏の羅髪には寄進者の頭髪を用いることがあるため、
この刺繍涅槃図は、在家信者によって寄進されたものと思われる。
刺繍の施工は、細部にわたるまできわめて丁寧で、
同時代に制作されたと考えられる刺繍涅槃図と比較しても、格段に上質である。
私が、特に目を見張ったのは、釈迦の身体と頭髪。
身体は金糸の駒掛け、年月が経つと金糸をおさえるぞべ糸が切れて
金糸が無残に飛び出すのですが、
この繍仏にはそのような糸の乱れはありませんでした。
頭髪もいまはどのような繍い方だったかは思い出せませんが
とてつもなく丁寧に繍い込んであったことだけは覚えています。
そして、涅槃図では描かれない猫の存在を知り、この繍仏に愛着を持ちました。
私は猫が好きなので寄進者の心を知ったような気持ちになりました。
最初で最後の初公開の最終日に拝観できたことは本当にご縁あったと喜んでいます。
せめて見ることが出来なかった人たちにこの資料が参考になればと思います。
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